製材所という強みを活かしながら、小国杉の特徴を最大限に表現しています(写真:FIL)
熊本県阿蘇の北側に位置する人口約4000人の南小国町(みなみおぐにまち)。町の約7割を森林が占める林業の町であり、全盛期には40を超える製材所がありました。
しかし、現在の製材所はわずか2つ。かつては1本4万~5万円で取引されていたサイズの杉も、今では1万円を切っています。林業では生計を立てられず、他業種に転職する人たちも少なくありません。
そんな中、南小国町で採れる小国杉を活用し、「杉と共にある暮らし」をテーマに家具や小物、アロマなどの商品を開発しているのが、『Foreque Inc.』代表を務める穴井俊輔さんです。淡い赤やピンクに発色する杉材を使用したテーブルやチェアは、ヨーロッパやアメリカからも購入に関する問い合わせが舞い込んでいるといいます。
林業再生は喫緊の課題
穴井さんの活動を追う前に、日本の林業が置かれている状況を簡単におさらいしてみます。日本は世界有数の森林大国であり、国土面積の3分の2にあたる約2500万ha(ヘクタール)を占めています。そのうち、約4割が杉や檜などの育成林(人工林)であり、ほとんどが戦後に植樹されたものです。
2016年における木材の自給率は34.8%(※数値は林野庁調べ)で、底を打った2000年の18.2%からは年々数値が上昇しています。しかし、農林水産省が2009年に定めた『森林・林業再生プラン』の中で指針となっている『10年後に木材自給率50%以上』という数値のクリアは、現実問題として難しいでしょう。
「林業の再生は他の産業にも大きな影響を与える」と穴井さんは語ります。
写真左:FIL穴井社長、右:ファクトリエ代表山田
「木々の伐採は、太陽光を森林に取り込むうえで欠かせません。太陽光によって土の栄養が育まれ、その栄養は雨水に溶けて田畑に流れ込み、農家の作物を育てます。そして、最終的に栄養は海へと行き着く。林業は漁師の仕事と言われることもあるくらいです。森林の中に光が入らないと、栄養が循環しないことに加え、木々が細くなって土砂崩れの原因になることもあります。災害の防止という側面から見ても、木材自給率の向上は必要不可欠です」(穴井さん)
阿蘇だからこそ生まれたブランド
穴井さんは福岡の大学を卒業後、コンサルティング会社に入社しました。29歳で南小国町に戻った後、林業を復活させるために地元の特色を見直すところからはじめます。なぜ小国杉は名が知られるようになったのか、南小国町が自慢できるものは何なのか。未来会議と銘打ったミーティングには40名近い有志たちが集まりました。
従来、小国杉は建築材として専門的に語られることが多く、一般の方々にも魅力が伝わるようなキャッチーさがあったとはいえません。小国杉そのものに光を当てる中で改めて気付いたのが、色彩の美しさです。
「杉は輪切りにしたとき、中央の組織は赤く、外側の組織は白くなっています。杉は林齢を重ねるごとに赤の領域が増えていきますが、黒味が混ざっていく杉も多い中で、小国杉は赤色を保ったまま成長します。赤の領域が桜色に見える木も珍しくありません。もう1つ、木の価値は油分量が1つの基準になりますが、材料として使われた場合、歳を重ねるごとに水分がなくなっていきます。しかし、小国杉は油分が表面に滲み出してくるため、どんどん艶が増すと言われています」(穴井さん)
こういった素材の良さが詰まった製品を製作すべく、まずは同じく阿蘇に位置する『黒川温泉の旅館』とタッグを組み、配膳で使用する酒器やトレーなどを作りました。
地方創生を匂わせない緻密な戦略
プロジェクトは幸先の良いスタートを切りましたが、持続的な再生を遂げるためには、更なる取り組みが必要だと穴井さんたちは考えました。森林や田畑へのフィールドワークを行い、阿蘇全体の文化や歴史をひもとき、国内外問わず杉を活用した他社商品を調べていく中で、美しい景観をベースにした豊かさこそが阿蘇の魅力だという答えを導き出します。
「阿蘇にはカルデラや1000年続く草原があり、世界農業遺産にも指定されている景観を守るために、毎年野焼きを行っています。 美しい景観の中で阿蘇の人たちは営みを続け、旅行者や訪問者の方たちを受け入れてきました。
コンサルタント時代の経験を活かし、自社・競合・顧客という3つの観点から戦略を組み立てる「3C分析」も行っている
阿蘇の歩みを振り返る中で気付かされたのが、 “自分と違うもの”とつながることで人は充実した暮らしを送れるということ。
自然も“自分と違うもの”の1つであり、つながりが深ければ深いほど、私たちはより豊かになります。
自然と人、そして人と人の深く強いつながりを重んじる文化や価値観を通して、満ち溢れた人生とは何か?を社会に問い続けるために、インテリア・ライフスタイルブランド『FIL』を立ち上げました。FILは、“Fulfilling life=満ち溢れる人生”の頭文字を取っています」(穴井さん)
綿密なブランディング戦略
地方創生を最初に匂わせないことが、結果として阿蘇の未来につながるという発想からこのようなアートディレクションに至っています(写真:FIL)
立ち上げを決めた後、穴井さんたちはブランディング戦略を綿密に組み立てていきます。
キービジュアルには阿蘇の原風景……ではなく、外国人のモデルを採用しました。
少し派手にも見えるアートディレクションを行ったのは、海外の有名雑誌の編集長に着目してもらいたいという意図があります。
根本の思想が明確であるからこそ、ブランディングやPRに関しては大胆に挑戦しても想いは届くと考え、ほかの日本の地方ブランドが行っていない試みを実施しました。
その狙いは当たり、海外メディアからの問い合わせが相次ぎます。その後、海外メディアでFILを知った日本の編集者から問い合わせがあり、国内の雑誌やメディアに商品が掲載されることに。そしてそれを見たバイヤーや企業から問い合わせが入り、売り上げへと結び付いていきました。
杉の新しい活用法
雑誌を見て連絡をした1人が、JR九州のクルーズトレイン『ななつ星in九州』の責任者です。熊本地震から約2年後、阿蘇を巡るコースの再開に合わせて、朝食に使用する食器を阿蘇の材料である小国杉で作りたいというオファーを送り、4カ月の開発期間を経て実現にいたりました。
「自分たちがハブとなって阿蘇の盛り上げ役になりたい」と穴井さんが言うように、地元企業とのコラボも徐々に増えていきます。先述した『黒川温泉』、そして『星野リゾート 界 阿蘇』などの宿泊施設とのタイアップもその1つです。宿泊者の方たち、特に一度施設を満喫しているリピーターの方たちは、次なる体験としてその土地のレクリエーションを求めています。
そこでFILが開催しているのが、杉の葉から採取できる精油を使用した“タボレッタポプリ(火を灯さないアロマキャンドル)”を製作できる体験教室です。杉の香りには防虫・消臭効果があり、ブレンドオイルは1年程度香りが保たれます。今後は別の旅館でも実施予定であり、杉の新しい活用法として認知度は高まっていくでしょう。
「杉は花粉症の原因にもなっているので、なぜこんなに植えたのかという意見もあるでしょう。しかし、杉は学名をクリプトメリア・ジャポニカと言い、隠された日本の財産を意味します。昔の人たちは、未来に杉を活用してほしいという願いを込めて杉を植えたはず。その未来が、今このときだと思っています」(穴井さん)
木の収穫期は、 二酸化炭素を吸収しにくくなる植樹60年以降であり、日本の育成林は今まさに木材としての成熟期を迎えています。隠された日本の財産を、今後どのように活用すべきか。FILの活動には、そのヒントがたくさん詰まっています。