【対談レポ】サントリー名誉チーフブレンダー:輿水精一さんに聞く、世界一のウイスキーが生まれた舞台裏

輿水精一さんに聞く、世界一のウイスキーが生まれた舞台裏の全貌

STORY(特別対談企画)
(サントリー 名誉チーフブレンダー 輿水 精一 × ファクトリエ代表・山田敏夫)

– 輿水精一 –
(サントリー 名誉チーフブレンダー)

1949年(昭和24年)生まれ。 1973年サントリー株式会社(現サントリーホールディングス株式会社)に入社。研究センターや貯蔵部門などを経て、 1999年にチーフブレンダーに就任、 2014年から名誉チーフブレンダーとなり、現在に至る。 「響21年」をはじめ、手がけたウイスキーは次々と世界的な酒類コンペティションで最高賞を受賞。

コストを度外視し、時代を逆行

▼山田:
今日は大阪からわざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます!

▼輿水(敬称略):
山田さんとは何回かお会いして、ブランドのポリシーやメイドインジャパンに対する考え方に大変共鳴するところがあって、今日の対談を楽しみにやって参りました。

▼山田:
近年、日本のウイスキーはNHKのドラマで取り上げられたり、高値で取引されたりと注目度が高まっています。
輿水さんは日本のウイスキー界における生き字引的な存在ですが、世界一になるまでは色々と紆余曲折がありましたか?

▼輿水:
近年、ようやく陽の目を見るようになりましたが、それまでは試行錯誤の連続でした。
ウイスキーは何か新しいチャレンジを試みても、それが製品の性質に反映されるまでには時間差があります。2003年に、世界的な酒類コンペティション「インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ」で日本のウイスキーとして初めて金賞を獲得した「山崎」の12年も、原酒が生まれたのは1990年ですから。

▼山田:
それだけの歳月を要するのは、ウイスキーが他のものづくりと大きく異なる点ですね。「山崎」の12年が生まれた背景には、何か実験的な試みがあったのですか?

サントリー名誉チーフブレンダー輿水さん

▼輿水:
ウイスキーに限らず、お酒づくりで一番大切な工程は発酵です。発酵させる際には雑菌の混入を防ぎ、微生物を活性化させるためにステンレスを使うケースが多いのですが、私たちは1980年代後半に敢えて、ステンレスから昔の木桶に戻しました。

▼山田:
時代に逆行した理由は?

▼輿水:
先ずは木の保温効果によって発酵が進みやすくなること、そして昔ながらの伝統的な製法の方が香りや味に深みを与えられるのではないかという感覚です。木桶に戻すことでコストは嵩張り、効率も悪くなりますが、20年30年と熟成できるような原酒をつくるためには、木桶は重要なファクターではないかと。

▼山田:
そこで舵を切れるのがすごいですね。

▼輿水:
逆行という点では、釜の加熱に関してもそう。
昔は、石炭を焚いて直火で加熱することが一般的でしたが、徐々に蒸気での加熱へと移行していきました。直火よりも蒸気の方が加熱をコントロールできるし、操作が楽なんですよ。スコットランドをはじめ、世界の各メーカーが直火から蒸気へと移行していく中、私たちはここでも敢えて直火(ガス)に戻しました。直火は温度をコントロールしにくいんですけど、どうも直火の方が香りのリッチなウイスキーができるような気がして。

▼山田:
明確な根拠があったわけではないのですね。まさに職人の感覚です。

自前の樽は樹齢400年

ミズナラ。自前の樽は樹齢400年

▼輿水:
サントリーが世界のウイスキーメーカーの中で最もこだわっているのが、原酒を寝かせる樽を自前で作っていることです。通常だと、樽は樽屋さんや樽メーカーから仕入れるのですが、私たちは本当にいい樽を追求するために自社の樽工場を山梨県と滋賀県に開設しました。

▼山田:
樽を作るって想像つかないです。木を選ぶところからスタートするんですか?

▼輿水:
そうです。まずは自らで森に入っていい木を採りに行きます。私たちが選んだのは、日本にしか生えていないミズナラという木です。樽に加工するためには最低でも60センチの太さが必要ですが、ミズナラは60センチになるまでに200年かかります。

▼山田:
200年!

▼輿水:
すごく成長が遅いんですよ。しかも私たちが使っているのは、60センチ以上の太さを持った300年~400年級の木です。地面からまっすぐに生えていないと樽に加工できないので、簡単には見つけられません。

▼山田:
何年も原酒を寝かせる樽だけに、厳選したものを使っているんですね。

▼輿水:
いい樽ができたとしても、貯蔵庫の中に置いておく場所によっても熟成の仕方は全く変わってきます。基本的に12年以上寝かした樽は、ブレンダー自らが貯蔵庫に行ってテイスティングし、一つひとつの置き場所を決めないと本当にいいものはできません。

▼山田:
置き場所によって熟成度が異なるとは驚きです。

▼輿水:
寝かせた後は、ブレンドという工程があります。一つひとつ違う樽の味を、最終的に一瓶一瓶同じ味に仕上げていくことが、いわゆるブレンドと言われる作業です。ここで大事なのは、新しい美味しさを自分の中に生み出して、色々な個性を混ぜ合わせながらそれを具現化させていくことです。

▼山田:
新しい美味しさとは?

ウイスキーのブレンド論

▼輿水:
クオリティの高いものだけを混ぜても美味しいウイスキーにならないんですよ。澄み切ったキレイな原酒でも、どこか線が細くて物足りないことは往々にしてあって。そういうときに加えるのが、ちょっと癖の強い、言ってしまえば出来の悪い欠点だらけの原酒です。これを0.1%加えるだけで、味や香りに厚みと奥行きが生まれるんですよ。これが新しい美味しさ。それはもうガラリと変わります。

▼山田:
優等生だけではいいお酒はできない。面白いですね。敢えて異端を作っているわけではないですよね?

▼輿水:
うん。全ての樽を優等生にしようと思って作ってるから、異端の作り方は分からない(笑)。
だからレシピはないんだけど、不思議とこういう異端が次から次へと出てくるんですよ。これは色々な実験にチャレンジしているからこそ生まれる副産物だと思ってます。

▼山田:
世界一の裏側が少しずつ見えてきました。他に工夫されたポイントはありますか?

▼輿水:
ワークスタイルの違いも大きいですね。サントリーにはブレンダーが7名くらいいて、共同作業で1つのウイスキーを作ります。ウイスキーの産地として有名なスコットランドでは、多くのメーカーにマスターブレンダーが1名だけいて、将来のマスターブレンダーになるであろうアシスタントと全部やっちゃうんです。

外国のメーカーの人たちは、私たちが複数名のブレンダーでウイスキーを作っていることを知ると、大体驚きますね。どうやってみんなの意見が一致するのかと。日本人って目標や指標を共有化すると、自ずとみんなが同じ方向に進もうとするじゃないですか。これは世界的に見ると非常に特異な光景です。その反面、ものすごく独創的なものはできないかもしれませんが、チームワークを活かしたものづくりは日本人ならではの得意分野だと思います。

オーナーがマスターブレンダーであることの強み

オーナーがマスターブレンダーであることの強み

▼山田:
サントリーはマスターブレンダーがオーナーであることも、ものづくりに取り組む上で関係していますか?

▼輿水:
大きく関係しています。
サントリーはオーナー企業なんですよ。ウイスキー作りにおける品質の最高責任者はマスターブレンダーで、サントリーは未だに、品質の最高責任者であるマスターブレンダーはオーナーが継承するという形をとっています。この意味は極めて大きい。

▼山田:
オーナーが品質の最高責任者だからこそ、時代に逆行するようなアクションが起こせると。

▼輿水:
ステンレスのタンクを木桶に戻し、釜の加熱方法を蒸気から直火に戻したときも、設備の入れ替えに2年かかりましたからね。失敗する可能性もありましたが、サントリーには「やってみないと分からない」という文化があるので、思い切ってチャレンジできる。それも大きいですね。

▼山田:
ブレンダーの技術はどのように継承されているんですか? 後進を育成しなければ味は途絶えていくと思うですが。

▼輿水:
私がブレンダーになったのは40歳を過ぎてから。これは極めて異例で遅すぎます。通常は、工場で10年くらい働いている30代のメンバーから、「ブレンダーにしたら面白そうだな」という人を見つけて一本釣りします。

▼山田:
何か条件はあるんですか?

▼輿水:
判断基準は、どれだけウイスキーが好きか。例えば、仕事とは別のところで一人でバーに行って味を飲み比べたり、産地を巡ったりしている人って、心底ウイスキーが好きなんですよ。一定の鼻の良さは必要ですが、マインドの部分が大きいと思います。

▼山田:
どうやって教育されているんですか?

▼輿水:
ペアを組んで、実際の仕事を体感しながら技術を身につけてもらっていますが、マインドがあってセンスがある人は、特にこちらから教えなくても自分で学習していきます。今までのレシピを見て調合の意味合いを自分で想像し、自分でブレンドしながら確認していくというように。

私が身につけたことを言葉でいくら伝えても、最終的には体感しないと分からないんです。文字情報から技術は身につかないと言い切れますよ。品質を引き継いでもらいつつも、後継者が新しい価値を生み出すことには大賛成です。ものを作ることは、言い換えると今までの慣習を否定すること。現状を否定して新しいものを作るというパワーは、10年?20年スパンで代謝していったほうがいい。

▼山田:
まさに伝統と改革ですね。後継者はどれくらいで一人前になるんですか?

▼輿水:
一通り仕事ができるようになるまでには、最低でも10年はかかります。ブレンダーのピークは普通の業界とはちょっと違っていて、大体50代後半くらい。60代でも大丈夫です。あと、技術や技能の継承と同じぐらい大切なのが、「創業者は最初に何を生み出そうと思ったのだろう」という理念や思いを理解することです。
サントリーの現オーナー、つまり今のマスターブレンダーは三代目で、創業者はおじいさんに当たります。今の三代目は、「日本人の舌に合う世界基準のウイスキーを作りたい」というおじいさんの思いを受け継いだ上でものづくりを行っています。この軸が一貫してブレていないというポイントもものすごく大事ですね。

ウイスキーの新しい世界を開拓したい

ウイスキーの新しい世界を開拓したい

▼山田:
輿水さんと話していると、67歳になられた今も活力がみなぎっているように感じられます。これからの夢はありますか?

▼輿水:
一般的に歳を取ると、食べるという行為は段々と単調になります。
咀嚼力や嚥下力が衰えていって、歯茎だけでも食べられるものがメニューの中に増えていく。でも、それだと食生活があまりにも味気ないと思うんです。もっと高齢者が美味しさを感じられて、明日に向かって生きようと思えるような飲食の新世界があるはず。
お酒も同じで、どうしても年々アルコールに弱くなっていきますが、酒飲みとしては若い人と飲んでいて1杯で酔ってしまうのは寂しい。

▼山田:
長時間飲んでいたいタイプですか?

▼輿水:
だらだら飲み続けたい。(笑)。
かつていいものをいっぱい飲んだから、いい香りや味わいが脳の中にしっかりと残っていて、そこへの渇望はなくならないんじゃないかな。65歳のときに“アセアド”というウイスキーを作るベンチャー企業を立ち上げたんですけど、そこでもノンアルコールのドリンクをつくる気はありません。
私自身、アルコールがないと元気にならないので。アルコール濃度は2~3%でもいいから、お酒に弱い人でも飲めて、なおかつウイスキーの味わいや香りを楽しめるものを作りたい。ウイスキーが食中酒ということを世界中も知らしめたいし、やりたいことが尽きる気配はありませんね。

▼山田:
今開発しているウイスキーはいつくらいに完成するんですか?

▼輿水:
この一年が勝負です。日本のウイスキーはこれからめちゃくちゃ面白くなる、間違いなく。その中でウイスキーの新しい世界を開拓していきたいですね。

▼山田:
完成したらぜひ飲ませてください! 今日は本当にありがとうございました。

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