STORY(特別対談企画)
竹腰名生(デザイナー)
×
山田敏夫(ファクトリエ代表)
ファクトリエでは定期的に、世界で活躍されている日本人の方々と共同でものづくりを行っています。今回は日本が誇るデザイナー:竹越名生さんと2016年に取り組んだ「レディーストレンチコート」や「メンズジャケット」「スーツ」などの開発秘話をご紹介。デザイナーがモノづくりにかける想いをぜひ感じてください。
-竹越名生(デザイナー)-
ニューヨークのPARSONS SCHOOL OF DESIGNを卒業後、東京のISSEI MIYAKE経て渡仏。GUCCI、CALVIN KLEINのデザイナー、DONNA KARAN、JIL SANDERのチーフデザイナーを歴任。 2004年FALLより自身のコレクションをイタリーで発表。 2016年AWより”NAO TAKEKOSHI MADE IN JAPAN PROJECT”をミラノで開始。
▼山田:
ファクトリエは日本全国の一流の工場と一緒に、「新しい定番づくり」にも取り組んでいます。今回は世界的デザイナーの竹腰名生さんにご協力いただいて、新作をつくりました。まずはレディースのトレンチコートからご説明お願いいたします。
▼竹越(敬称略):
現代に合う新しい定番ということで、見た目のカッコ良さはもちろん、羽織ったときの軽さや柔らかさ、動きやすさを感じられるデザインを意識しました。まずトレンチの特徴的な風よけ用の台襟を、本来は顔までかぶるほどある大きなサイズから、シルエットをスッキリさせるために小さめにしました。バックルは、革で包まずシンプルな金属で、ベルトを通さずにただ結んだだけでカッコ良く決まる、モダンなアレンジにしています。
▼山田:
竹腰さんが考えられている“モダン”とは、どんな基準があるのでしょうか。
▼竹越:
たとえば、昔は強度や耐久性がある丈夫な革が重宝されていましたが、いまはメッキの加工技術が進んでさびにくくなり、より現代の生活に適しているという点です。見た目も革で包んだボタンより、金属の方が洗練されて見える場合があります。内側に付けた取り外し式のライナーもそうです。これは3シーズン着られるように考えて付けられたのですが、軽い生地がダウンのように空気を多く含むので、ヨーロッパのようにそうそう氷点下にならない日本なら、初冬でも暖かく着られますよ。着丈はOLさんがスーツの上に着たときを想定し、スカートに上手く重なる長さを研究して、膝下の位置に仕上げました。襟回りなどのステッチは極力省いてスッキリ見せつつ、のっぺらぼうになり過ぎないように袖口やベルト部分にステッチを施してアクセントを付けています。
▼山田:
袖は細身でスッキリした印象でありながら、動きやすく設計されているところも大きなポイントですよね。
▼竹越:
はい。トレンチコートは元々軍服として着られていたため、トラディショナルなトレンチに付いているラグラン袖は、上下に手を動かしやすいようにつくられています。現代では吊革につかまるときなどに便利ですが、手を上げた状態でいる機会はあまり多くありませんよね。だからメンズのジャケットのような2枚袖にして、下にジャケットを重ねたときに着やすく、腕の曲げ方に沿って自然にカーブするように、人間工学を取り入れてデザインしました。
▼山田:
そういったモダンさとベーシックを両立するのは難しいことだと思いますが、モダン化した一方で、ベーシックさを残した部分はどういったところになりますか?
▼竹越:
まずボタンが2列になったダブルブレスティッド(ダブルスーツ)、襟の下のホックとステッチがある台襟、ベルト、そして襟とともに風を防ぐフラップを残しています。元々ガンフラップは銃を発砲したときの衝撃を和らげるために付けられていて、段々と風が入らないようにする役目が生まれました。粋な感じがトレンチの命なので、襟を立ててもシャツのようにピシッと見えるように仕上げています。後ろは動きやすさも兼ねて、トラディショナルなボックスプリーツを残しました。そういった一目でわかるトレンチの良さを残しつつ、機能性も考え、現在の流れに則したシンプルなデザインが魅力です。
▼山田:
レディースのジャケットはいかがですか?
▼竹越:
これはですね、今回のプロジェクトが難しい挑戦であったことを表す、最たるものです(笑)。というのも、今回はレディースとメンズのクオリティを、同等にすることを目指したからです。メンズはスーツの文化が定着していて、工場には長年培われた技術の土台があります。ところがレディースはデザインが毎シーズン変わるため、工場のラインもシーズンごとに組み替えられます。お客様は新鮮なものを求めますし、変わることもファッションの魅力なのですが、定番を育てていくには難しい状況にあります。
▼山田:
今回はその常識を覆そうと、新たな試みをされたんですね。
▼竹越:
はい。この難題に挑戦するため、メンズが「いかにジャケットを美しくつくるか」を追い求めて培ってきた技術を取り込むことにしました。1番肝心なのは、“毛芯”というメンズのジャケットの内側に使われている、馬の尻尾の毛でつくられた張りのある芯地を使った点です。アイロンで接着するタイプの“接着芯”だと、生地に張り付いてペタンとなってしまいますが、毛芯は生地と内側の見返しの間に空気を含むことができるので、柔らかい生地でもふわっとした立体感を出せて、型崩れもしにくくなります。実はこのジャケットをつくっていただいた工場さんは毛芯を使った経験があまりなかったので、メンズの工場で実際に加工する工程を体験していただきました。以前から山田さんとは工場の製品を売るだけではなく、工場さんの技術の向上にも貢献できたら良いなと話していたのですが、それが実現した1例だと思います。工場さんは慣れない作業に苦労されたと思いますが、「我々は毛芯を使ったジャケットづくりもできますよ」と、今後のビジネスでも活かせる非常に良いプロジェクトになりました。
▼山田:
そうですね。こういう例を増やしていきたいです。メンズを取り入れたという点では、内ポケットが付いているのもレディースのジャケットとしては珍しいですよね。
▼竹越:
はい。携帯や名刺を入れるくらいなら胸のラインにも響かないのではないかということで、2つの内ポケットを付けました。使いたくない人はもちろん使わなくて構いませんが、この辺りもなるべくメンズと平等にしました。ちなみにメンズでは、新しくスマホやコインを入れられる内ポケットを付けました。
▼山田:
スマホは小さなポケットには入らなくて意外と持ち運びに困るので、そんなサイズのポケットが付いているとありがたいですね。
▼竹越:
現代のメンズは特に、そういった着たまま色々な場所へ動き回れる、より機能的な服が求められています。今回の新作でもより男らしくカッコ良くするべく無駄を極力そぎ落とし、シルエットの美しさやパッと羽織れる気軽さを重視しました。たとえばコートは、何度も試着しながら、どんな身長の方でも合うサイズをつくりました。
▼山田:
ばっちりです(笑)。
▼竹越:
スーツはオーダーメイドのスーツもお願いしているNASU夢工房さんにつくっていただいているので、それだけでもうクオリティとしては日本のトップです。同じパターンや生地を使っていても技術によってクオリティにかなりの差が出るのですが、夢工房さんが持っている高度な技術を全て注いでつくり上げられていて、着心地がとても良いです。また、日本の工場が得意とする仕上げの美しさや、ステッチの正確さが最も表れるのがシャツですが、今回も本当に美しいハイクオリティなシャツが完成しました。襟はほぼ直角なモダンな形で、ある程度の硬さがあり首に吸い付くように垂直に立つので、クールビズで襟を開けて着ても、ネクタイを絞めても、大変美しいです。
▼山田:
本当にどれも素晴らしいです。そんなモダンなベーシックをつくる上で、最も意識されたことは何ですか?
▼竹越:
これは今回の新作全てに共通していますが、動きやすさとシルエットの美しさです。ジャケット、ワンピース、パンツ、スカート全て伸縮素材を使わずナチュラルストレッチでできていて、セーターのように伸びるから、ものすごく着心地が良いんです。シルエットも、たとえばジャケットなら胸の下あたりを絞ることで、身体の曲線に沿った立体的で流れるようなラインをつくり、モダンでエレガントなシルエットになっています。スカートは1枚の布でできていて縫い目がなく、動いたときに余計な線が横にこないので、歩いてもキレイに見えます。パンツは太くもなく細くもないという落としどころを狙い、ウエストの後ろを少し上げてお尻をキュッと上がって見せ、膝の上に絞りを入れて膝下が長く見える足長効果を出しました。ジャケットと同じようにスカートもパンツもベルト部分に芯地を使い、表面は生地が自由に動きながら、中は芯がしっかり支えてくれるので、前かがみになったときにしわになったとしても、スチームをあてればすぐに元に戻ります。
▼山田:
この間も試着されたお客様が「シルエットがキレイで動きやすく、これならオフィスで心地良く過ごせる」と感動していらして、とても嬉しく感じました。
▼竹越:
それは僕もとても嬉しいです。どれも工場さんと一緒に何度もサンプルをつくり直してつくり上げた、「メイドインジャパンはこれだけ良いモノをつくれます」と胸を張って言えるプロダクトです。ファクトリエが描く「新しい定番づくり」に、微力ながらお手伝いをできたかなと、僕としてもお礼を言いたいなと思っています。
▼山田:
こちらこそ、素敵な商品を作っていただき、ありがとうございました。
※本記事は、ファクトリエ内コンテンツ「STORY」での対談記事を<再編集してお届けしています。年齢や肩書などは取材当時のまま記載しています。予めご了承ください。