【アパレル工場探訪Vol.19】履きものの歴史を紡いできた職人集団。ひたむきに歩み続ける、老舗靴メーカー

ファクトリエが提携するアパレル工場の方々に、ものづくりにかける想いやこれまでのストーリーや想いをお伺い紹介するコーナー「Factory」では、様々な日本のものづくりの現場をお伝えしています。

今回は、福岡県久留米市にある老舗靴メーカー、「ムーンスター」をご紹介します。

140年以上積み重ねてきた技術を
駆使する職人集団

ゴム加工品メーカーの多い福岡県久留米市。
そこに、「ムーンスター」は本社と工場を構えます。

1873年(明治6年)に創業し、140年以上の歴史を持つ老舗の靴メーカー。
ヤフードーム1個分程度の広さを持ち、屋上に出ると工場のノコギリ屋根の連なりを眺めることができます。昭和37年〜38年の全盛期には、1万人を超える人々が働いていた、正に、地元の誇る工場です。

現在、工場では500名程度の人が働いています。
昔と比べ規模が小さくなったとは言え、機械の部品を修理製造する部門や、靴の金型を作る鋳造部門など、様々なものづくりの現場が揃った職人集団であることに変わりはありません。

ムーンスターが140年以上もの間、人々の心をつかんで離さないその魅力はどこにあるのでしょうか。

アメリカからの来客がヒント
足袋職人が生み出したスニーカー

ムーンスターのルーツは、創業者の倉田雲平氏が職人として立ち上げた「つちや足袋」
夫婦二人で、手縫いで足袋を仕立てていました。
その後、明治27年にドイツ製のミシンを導入し、家内工業から工場生産へと舵をきり、現在の場所に工場を建設します。

大正時代に入ると、アメリカのシンガーミシンの社員が持参したスニーカーにヒントを得て、足袋の裏にゴムを付けた“ゴム底の地下足袋”を商品化。これがムーンスターのスニーカーの原型です。

久留米市に、ゴム加工品メーカーが多数存在するのは、このゴム底の地下足袋を製造する過程で、ゴムの輸入が盛んに行なわれたことが関係しています。

妥協の無いものづくり
ムーンスターの宝“ヴァルカナイズ製法”

ムーンスターは創業当時から、一足一足を精魂込めて作り上げる精品主義を貫いています。

品質維持のためならどんなチャレンジもいといません。
本社のある久留米工場ではメーカーのほとんどが外部発注のみとなる靴型づくりも、現在も自社で製造を行っています。

もちろん、靴型だけでなくて各工程において、卓越した技能と緻密な確認作業を通じて高品質を維持しています。


ムーンスターHPより

ムーンスターの卓越した技能がよく現れているのが靴底
その靴底に用いられているのがヴァルカナイズ製法です。

ヴァルカナイズ製法とは、スニーカー本体とソールの接着方法のことで、生ゴムに硫黄を加えて、熱反応によりゴムのソールとアッパー(生地の部分)を接着させる製法のこと。

この製法は、縫製など一通りの加工を終えたスニーカーを、120℃程度の気圧が加えられた大きな釜に約1時間入れることが大きな特徴。
スニーカーの素材や季節によっても、釜の温度や時間を変えなければならないため、大変手間とコストがかかります。

たとえ小ロットの製品であってもかかる手間は変わりません。そのため、この製法を取り入れている国内工場はごくわずか。

それでも、生地とゴムが一体化するヴァルカナイズ製法でつくられたスニーカーは、接着剤を使用したスニーカーに比べて屈曲運動に強く、ソールのしなやかさと丈夫さは他にはない魅力です。

ムーンスターにとってこのヴァルカナイズ製法は、精巧で壊れにくい製品づくりのために守るべき製法。

ゴムの配合から調整するという“加硫のレシピ”は、長年の経験が積み重ねてきたムーンスターにとっての宝です。


いかがでしたか。

世界中で通じるようにと採用されたムーンスターの“月と星”のマーク。
その願いの通り、子どもたちの上履きから紳士靴、婦人靴と、たくさんの人の足元でムーンスターは愛されています。

「履く身になって作りましょう」と、工場内に掲げられたまっすぐな言葉を表すように、膨大な足型のデータを集め長年研究を重ねているムーンスター。研究、企画、デザイン、そして工場での製造。すべての工程に溢れている、職人たちの高い意識と技術。精巧な手作業の繋がりでひたむきに歩み続けてきたこれこそが、約1世紀半を経ても人々に愛されている理由なのでしょう。

オシャレは足元からとよく言われますが、皆さんも品質も職人のかける想いも逸品のムーンスターのスニーカーを履いて心からオシャレを楽しんでみては?

それでは次回もお楽しみに。

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