ビームス・遠藤恵司さんに聞く日本のブランディング

STORY(特別対談企画)
ビームス取締役副社長・遠藤恵司さん
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ファクトリエ代表・山田敏夫

(本記事は、2016年に開催された「学生のためのアパレル工場サミット」の対談の模様を改めて編集してお届けしています。)

– 遠藤恵司 / 株式会社ビームス取締役副社長

東京都生まれ。1975年に大学を卒業後、日本航空(JAL)に入社。 ニューヨーク子会社社長を務めた後、1990年に幼馴染の設楽洋が経営するセレクトショップBEAMSへ入る。 以来、設楽とともに海外のファッションやカルチャーを日本へ紹介し続けている。

▼山田::
今日は学生さんが多いですが、遠藤さんが副社長を務められているBEAMSを知っている人、手を挙げてください。

▼会場:
(全員挙手)。

▼山田:
さすが、全員知っていますね。

▼遠藤:
ありがとうございます。うれしいですね。以前埼玉県の深谷市にある高校に招かれて、学生たちに講演をしてきたんですよ。ところが最初に「BEAMSは知っていますか」と聞いたら、1割も手が挙がらない(笑)。会社に戻って「これは大変だ」と。そんな時代もありました。

会場:
(笑)。

▼遠藤:
今日はタダで宣伝をさせていただきに来ました(笑)。さて、最近メディアにも流しているのでご存知かもしれませんが、BEAMSは今年40周年を迎えました。

▼山田:
おめでとうございます。

▼遠藤:
ありがとうございます。今年は1年を通して色んな企画をやっていきます。たとえば、2014年8月にReebokとコラボしてご好評いただいた“INSTA PUMP FURY”シリーズを、40周年記念モデル“REEBOK x BEAMS CRAZY PUMP FURY”として3月18日に発売しました。それから新宿にある自社ビル店舗のBEAMS JAPANを、「BEAMS JAPANから日本を発信しよう」をテーマに大改造して、4月27日にリニューアルオープンしました。これは大きな目玉です。総合プロデュースをお願いしている放送作家・脚本家の小山薫堂さんにお手伝いいただいてきましたが、日本のブランディングを目指して色んなアイディアを盛り込んでいます。今日の対談も「日本発信」がテーマということで、BEAMS JAPANのプロジェクトを中心にお話していきたいと思います。その前にまず会社紹介をしますと、僕と代表取締役社長の設楽洋は、実は6歳からの付き合いなんです。今年なんと59年目を迎えました。腐れ縁ですね。

▼山田:
6歳から?!

▼遠藤:
はい。小学校から大学までずっと一緒。卒業後、設楽は電通、僕は日本航空に入ったのですが、人の縁というのは面白いものでね。彼の父親がファッションが好きで、オイルショックのときに元々経営していたパッケージ会社の関連事業として、1976年に原宿で洋服屋ビームスを始めたんです。その後設楽は電通を退社しビームスに入社。バブル真っただ中の1989年いまユナイテッドアローズの会長をしている創業メンバーの重松理氏たちが独立する事件が起きたのです。僕は当時JALのニューヨーク子会社社長をしていましたが、「危機に瀕したビームスを設楽と一緒に立て直そう」と日本へ戻ってきました。意気に感じて、自ら決断したことですが周囲は遠藤は気でも狂ったのかと反対しました。気付いたら、四半世紀以上ファッション業界に身を置くことになっちゃってね(笑)。でも本当に素晴らしいスタッフに囲まれて今は幸せです。みなさんもこれからですよ。好むと好まざるとに関わらず、色んな人と出会い、色んな仕事をしていく。でもまずは一日一日が大事です。独立した重松さんたちも僕らBEAMSも、最初の1年半は在庫の山や厳しい資金繰りに、お互いいつ潰れてもおかしくありませんでした。そんな時期を切り抜けて、今年40年目に辿り着きました。

▼山田:
BEAMSとユナイテッドアローズのその辺りのお話は、触れていいものか気にしていました。

▼遠藤:
いいですよ(笑)。今はとても仲良しで毎年海外旅行をする仲です。僕らが良きライバルとして切磋琢磨してきたことも、日本の洋服業界に良い影響を与えたかなと自負しています。

▼山田:
会社を長く続けるために、必要なことは何だと思われますか?

▼遠藤:
上手く回っている会社を見ると、クリエータータイプの人とマネージメントタイプの人の良いコンビネーションができています。特にファッションは感性を介在させてビジネスをするから、どうしたって感性を持っている人が必要ですが、そういう人が経営をしてもビジネスとしてはなかなか成立しない。BEAMSは、好きなことに夢中で細かいことや数字はダメな設楽がクリエータータイプなんです。だからクリエーションも好きだけど、細かいことや数字も人も好きな僕がマネージメントを担当してきました。

▼山田:
数字面から見た遠藤さんが、待ったをかけることもあったんですか?

▼遠藤:
ありました。夢を描く設楽に対して、僕は細かくシミュレーションをしますからね。随分ぶつかりましたが、おかげで最終的に2人が納得する方へ進むことができました。例えば原宿にあるInternational Gallery BEAMSなど、BEAMSのコンセプトショップは大変評判が高いですが、赤字です。でも、こういう店舗をやることでBEAMSのブランディングができるわけです。ファッションはやっぱり、非効率で儲からないものの方が面白い。全てにおいて儲けようとすると、つまらないものになってしまうんです。だから常に僕は「店舗の25%くらいまで赤字でもいいよ。ただ意味のある赤字にしろ」と言っています。そして“面白い25%”にチャレンジするためには、儲ける店も必要です。BEAMSが40年続けてこられたのは、このバランスをしっかり取ってきたからだと思います。

▼遠藤:
BEAMS が日本で最初に紹介したブランドは沢山あります。そうやって日本に紹介したブランドもその後運営母体も変わり規模も大きくなり、日本に定着しています。ビームスの役割は発見しインキュベートすることで、これはセレクトショップの矜持としていまだに変わっていません。訪日外国人旅行者と日本人海外旅行者の消費額を比較すると、日本人海外旅行者の消費額は2004年の2兆円から2015年の1兆円へ半減、減少傾向にあるのに対し、訪日外国人旅行者の消費額は逆にこの10年で倍増、2014年に過去最高の2兆円を突破。さらに翌2015年には前年比71.5%増の3兆4,771億円を記録しました。この数字は日本人が海外でほしいものがなくなってきた一方、日本製品は日本人が想像する以上に世界で評価されていることを示しています。実際、冒頭でお話したReebok、NIKEやChampionなど以外にも他の海外のビッグブランドから「一緒に日本のビームスと新しい価値を創造したい」とコラボのお話が来るようになりました。僕はここに今日のテーマ「日本発信」の鍵があると思います。

▼山田:
まだ世に知られていないメイドインジャパンを見つけて育てるという動きは、これから大きくなっていくのでしょうか。

▼遠藤:
それは難しい問題でね。昔は銀行も株主も個性ある店や才能あるデザイナーたちを評価してくれて、「3年後に花咲けばいいよ」と長期スパンで見てくれた時代がありました。いまは四半期か半年ごとに細かくチェックされ、とにかく早めに黒字になる計画書を出さないといけない。情報もモノもそしてブランドも店舗も溢れるほどある時代にアタマひとつ抜きん出るには、新しい価値を創造しながら変化していくしかありません。短期に利益を出すことと価値創造は両立しません。僕らもマルちゃんとラーメンをつくったり、自動車のスバルとビームスコンセプトカーを創ったり、様々な異業種と敢えてタッグを組んでいます。この常に価値創造していく精神はBEAMSの本能でもあって、それをやり続けることでビームスというブランドの鮮度が落ちない。今後はどんな業界も垣根を取っ払い、いかにブランディングしていくかが重要だと思います。

▼山田:
なるほど。ブランディングをするとき、パートナーを選ぶ基準はありますか?

▼遠藤:
強いて言えば、1番遠い存在であることです。男と女が結びつくとき、不思議と自分とは違うDNAを求めるんですよ。これは企業も同じだと思います。そして全く畑違いの会社が組むことで、優性遺伝し予想もしなかった化学反応が起こる。だから面白いんですよ。

▼山田:
ありがとうございました。では最後にメッセージをいただけますか。

▼遠藤:
人生はベンチャーです。自分の好きなことを仕事にしてください。僕や設楽はJALや電通みたいなエスタブリッシュメントと、潰れそうだったBEAMS、両方経験したからわかりますが、やっぱり好きな仕事だと辛くてもがんばれるんです。会社の規模や労働条件だけで選んだら本当に辛いときに耐えられないと僕は思います。何でもいいから、とにかく「これが好き」ということを見つけてそこで自分の花を咲かせてください。

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