自給率ほぼ0%の「国産綿花」再興への道のり。新たな産業になるかを考えてみた。

国産コットン栽培への道

年季の入った木造の建物に入り、ギシギシと音の鳴る廊下を進んで引き戸を開けると、教室の面影残る作業スペースが目の前に広がります。

熊本県球磨郡あさぎり町須恵。縫製工場『マインド熊本』は、廃校となった小学校の跡地でオーガニックコットン100%の自社商品を開発しています。


廃校となった須恵小学校の跡地が縫製工場になっています(2018年1月、筆者撮影)

自社商品に使用しているコットンは、全て地元で栽培されたものです。

日本で植物としての綿花を目にすることはほとんどありませんが、「和綿」という言葉があるように、日本では江戸時代から綿花の栽培が行われてきました。

日本の在来種からできる綿花は、繊維が短くて太いという特徴があり、生地に弾力と厚みを生み出します。

明治時代までは高い自給率を誇っていましたが、繊維が短い和綿は糸を紡ぐのが難しく、繊維が長い外国産の綿花に徐々にシェアを奪われていきました。
明治政府は長繊維種の綿花を国内で生産すべく、アメリカから種を取り寄せて実験を行いましたが、日本の気候と合わずに断念します。

現在、綿花の自給率はほぼ0%。海外からの輸入に頼るという状況が長らく続いている中、和綿の盛り上がりをにわかに感じています。

和綿を中心に形成されるコミュニティ

「本当に安全なコットンを世の中に提供したい」という思いのもと、『マインド熊本』は2010年にオーガニックコットンの栽培を始めます。
しかし、オーガニックコットンは除草や収穫などを手作業で行うため、当初は人手不足という問題が常につきまとっていました。

転機となったのは2013年。

『マインド熊本』の取り組みを知った地元住民が、地域活性化を目的に「和綿の里づくり会」を設立します。

賛同する町議会議員から畑を無償で借り、『マインド熊本』と一体となって和綿の栽培を始めました。

そこから支援の輪は少しずつ広がります。
地元小学校の生徒や老人会の方たちが種植えや収穫を手伝うようになり、2014年には年間180名が栽培に参加。

さらには、近隣の福祉施設や介護施設に入居している方たちのリハビリ、障害者の方たちの就労支援など、栽培への関わり方にも多様性がもたらされていきました。

和綿を中心に共感する人が集まる


実際の「綿繰り」の様子(筆者撮影)

オーガニックコットンを生産する過程で特に手間暇を要するのが、種や殻を取り除く「綿繰り」という工程です。
工場から車で30分ほどの場所にある球磨工業高校は 『マインド熊本』から依頼を受け、電気科の課題研究として電動綿繰り機を製作。

この機械により、以前よりも手作業の負担が軽減されました。

こういった動きの中で地域住民の結びつきが強まり、今では和綿を中心に1つのコミュニティが形成されています。栽培や収穫に人手を要するオーガニックコットンだからこそ、老若男女問わず、多くの方たちが関われる余白が生まれたのでしょう。

オーガニックコットンは高いのか


『マインド熊本』で作られた製品の数々(筆者撮影)

『マインド熊本』は、パリコレに出展した国内ブランドの洋服を手掛けた実績もあるように、縫製の技術はお墨付き。
現在はOEMでの生産が中心ですが、あさぎり産の和綿100%の自社商品も開発しています。
主な商品はハンドタオル・ハンカチ・ベビー用品・布ナプキン・ストールなどで、柔らかい肌触りが印象的です。

ただ、オーガニックコットンは栽培や収穫に手間暇がかかるため、その分の工賃が商品に上乗せされます。

値段はハンカチ1枚で数千円。

綿花の自然な色をそのまま活かすとなるとカラーは生成りか茶色に限られるように、デザインの自由度は高くありません。天然染料を使うという手もありますが、値段はさらに上がります。

しかし、この値段を高いと捉えてしまうのは、Tシャツが1000円以下で当たり前に買える今の価値観を基準にした場合の話。

低価格の裏側には、生産を行っている発展途上国の方たちの多大なる犠牲があります。

コットン栽培の現場は過酷です。
農薬や除草剤、落葉剤、化学肥料が大量に使われており、農家の方たちは深刻な健康被害を受けています。
他にも、環境汚染や児童労働など、問題は山積み。犠牲の上に成り立っている今の価値観が適正であるとは思えません。
この現状を見つめ直し、「オーガニックコットンは高い」という風潮を是正していく動きは、アパレルの未来にとって必要なことです。

福島での転身事例

コットンは塩害に強く、放射性物質が土中から作物に吸収される割合を示す「移行係数」が低いとされています。
東日本大震災で被害を受けた農地でも綿花栽培が行われており、福島県では風評被害によって食物の栽培を断念する農家の増加を受けて『ふくしまオーガニックコットン・プロジェクト』が立ち上がりました。

「会津木綿」という言葉があるように、もともと福島は繊維業が盛んな街。
そのDNAを蘇らせ、地域に活気と雇用を生み出すことがプロジェクトの目的です。

『マインド熊本』と同じように多くの協力が寄せられており、参加したボランティアの数はこれまでに2万人以上。
地元をはじめとした市民の方たちはもちろん、CSRや教育機関の活動に組み込まれる機会も増えています。
2015年には、「グッドライフアワード」の環境大臣賞優秀賞を受賞。
初年度に100kgだった収穫量は、2016年度には1tを超えました。

農地再生の選択肢に


『マインド熊本』の工場内の様子(筆者撮影)

原発事故などの外部要因、農業者人口の減少、農家の後継者不足といった背景から、耕作が放棄されている農地は日本各地にあります。
作物の栽培が不可能になっている「荒廃農地」は約28.1万ヘクタール。
その中で、抜根や整地、客土などによって再利用できる農地は約9.8万ヘクタール(980平方キロメートル)を占めています(2016年度 農林水産省調べ)。

今後、眠っている農地を再生させていくならば、食物だけでなく、和綿という選択肢もあっていいのではないでしょうか。

夏には湿気を吸い、冬には空気を含んで温かくなるように、和綿は日本の気候に適した繊維。
衣類だけでなく、布団の中綿としても適しています。
明治時代の技術では短い繊維をうまく紡績できませんでしたが、今の技術であれば対応は可能です。

食物のように口で味わえるキャッチーさはないため、地方の名産になるまでは時間がかかるかもしれません。

しかし、1つのプロジェクトに多くの方たちが長期的に携わることは、産業としての定着を図るという視点から見るとプラスです。

『マインド熊本』の取り組みは、「熊本朝日放送」の番組でもピックアップされたように、地元はもちろん、県としての応援が後押しになっています。
このプロジェクトが和綿再興のロールモデルになることを、アパレル業界に関わる人間として、そして熊本で生まれ育った人間として願って止みません。

※本記事は、東洋経済オンラインにて執筆した内容を再編集してお届けしています。

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