国立科学博物館で学んだ「窮理」(キュウリ)。

みなさま はじめまして!
ファクトリエに新たに加わりました岩佐と申します。
よろしくお願いいたします。

さて、「窮理」(キュウリ)という言葉を皆さんはご存知でしょうか?

私も知らなかったのですが、

 「物事の道理・法則をきわめること」。

という意味を表します。

この言葉は、先日上野の国立科学博物館で開催されている、「日本を変えた千の技術博」という展示会で知りました。

今回は、そこで感じたことをお伝えしたいと思います。


幕末時、自然科学の中で今で言うところの「物理学」にあたるものを「窮理」と呼んでいたそうです。それが明治初頭になると一般向けに開設した本が多数あらわれ、学者が出版するいわゆる学術書だけではなく、現代のライターや作家による本もあったそうです。
窮理は西洋の科学技術を支える学問とみなされ、文明開化の流行に。

今回の展示会では、その窮理の説明にはじまりさまざまな展示物が展示されているのですが、興味を引くものばかり!
例えば最初のこの写真、なんだか解りますか?

まるで昭和のTVでやっている宇宙船の中の機械のようですよね。
答えは、「洗濯機」なんです。
※昭和32年発売の電気のいらない洗濯機。

もちろん現在のスタンダードの洗濯機ができるまでに試行錯誤したと思うのですが、すでに「電気洗濯機」が世に出回っていて、今の最新の洗濯機とほぼ同じような機械が誕生しているにもかかわらず、この想像力はすごい!
先人たちに脱帽です。


次に登場したのがこれ。

今、世界規模で様々な業界のプレーヤーが参入しようとしているEV。電気自動車です。

これは100年前のものだそうです。100年前は自動車のデファクトスタンダード獲得の競争がまだ活発でEV、薪、石炭、ガソリンなど様々な燃料の自動車があったのですが(EVはシェア30%近くあった時期もあり)、ガソリンが安価でT型フォードが大量生産されコスト競争力でガソリン車がデファクトスタンダードとなりました。

勝手なイメージで馬車→自動車(=ガソリン車)と想像していましたが、技術革新で新たな仕組みが過去の仕組みを変えるときはいつでも競争があったのですね。まさに「先人に学ぶ」です。


最後にこれ。

もう私にはガ〇ダムに登場するマシンにしか見えませんでした。

無骨さがかっこよすぎます。国産第一号のブルドーザーです。現在もグローバルで活躍しているKOMATSUのブルドーザー。もうデザインがたまりません。(感嘆の表現ばかりですみません)

余計なモノをそぎ落とし、必要とされる機能に絞ったほうが解りやすく、かつ心に刺さるのではないかとしばらくボーっと観ていました。私だけではなく、他にも同じように観ている人もいて安心しました。他にも沢山写真を撮り、ご紹介したいモノがあるのですがこれくらいにしときます。単なる感嘆集になってしまうので。


昔のデザインセンスの高さ

最後に会場を立ち去るときに一番感じたことは、昔の日本人のほうがデザインセンスが現在よりも優れていたんじゃないかという事です。
現在よりも情報や様々なモノがない時代だからこそ空想力が高かったんじゃないかな。
すぐ取り出せ、誰でもリサーチ出来る情報に自身が縛られないようにしようと感じました。

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